2014年12月31日(水)
今年最後の酩(瞑)想
2014年も、あと3時間ほどで終わろうとしている。
さき程まで「菊水の純米酒」を熱燗で3合は飲んだだろうか。そんなことはどうでも良いことで、今年の最後・締めは全国高校サッカー選手権大会「聖和学園×秀岳館」について語ろうと思っている。
試合は4対1で聖和学園が勝った。
…ところがキーボード叩いて30分、ここに来て思考回路が急停止。
何故か? 私の右隣りに銘酒浦霞禅がある。『日本古来の酒造りの手法をそのまま受継ぎ丹精込めた手造りで醸造致しました。特にこの芳醇な香りと素晴らしい味わいは真の日本酒の代表です…』と、記されている。
義父から化粧箱入り2本の戴き物で「いま飲まないで、いつ飲むの」。飲まない訳にはいかないだろう。
今年最後の酩(瞑)想より、新年の抱負の方が良いに決まっているだろう…銘酒に勝るものなし(肴はイカの一夜干し)…私の勝手な思考で2014年を締める。
2014年12月22日(月)
ドリームカップ 優勝…おめでとう
青葉カップには、予選Cグループ3位だったことから出場できませんでした。しかし、グループ3位以下で行なわれたドリームカップでは、見事『優勝』することができました。しかもインフルエンザが牙をむいて小松島FCに襲い掛かってきた中で掴んだ優勝です。みんな、おめでとう!
(写真は2回戦 vs通町)
12月21日(日)、ドリームカップ出発前のことでした。米谷コーチからRinrinが39度を越す熱がある、多分インフルエンザに罹ったのでは…との連絡を受け、暫し絶句。でも、すぐに冷静に考えるよう努め、Towaにユニフォームを着て来るように指示しました。そうしたら、Towaまでが発熱との返信メールが届き、もう「誰だれにユニフォームを着て来い」など、言ってられません。非常事態、私の頭はパニックに陥りそうで、先発メンバーを考える暇もありませんでした。とにかく5年生全員ユニフォームを着て参加するようメールし、みんなの顔を見てから選手選考、ポジションを考えることにしたのです。
9:00過ぎ、会場の幸町南小学校に出場できる選手10人がいました。そして、G.manatoとC.daisukeの顔を見て、私はひと安心したのでした。
準決勝 1 vs 0 台原
ポジションはGK・Kouyou、DFは右からYushi、Genchan、Ryusei。MFは同Tatsuki、Kazuki、Kazuha、FWはGinjiです。後半の5分からKazuhaに変えてShintarouを投入しました。
得点は前半、GinjiがGKまで抜いて決めました。その後もGinjiはペナルティエリアに入りますが、シュートの判断が遅く、結局キーパーに阻まれるシーンが続きました。
Ginjiは、キーパーまで抜かないと気が収まらないのだろうか?
いやいや、シュートを放つ判断・タイミングが遅いから、キーパーの近くまで行って阻まれる、或いはゴールラインを割ってしまうのです。更に、台原のセンターバックにGinjiは徹底マークされ、2回ほど激しく倒されました。それで、良く腰が引ける…そう言いますが「プレーのキレ」が失せたように思います。
後半、Tatsukiがペナルティエリア内でハンドを犯し、PKを与えてしまいました。台原はPK戦を想定し練習して来たそうです(そのとおり、前日のvs上杉では4人全員が決めました)が、キッカーを決めるのにちょっと時間を要しました。その間、小松島の選手は落ち着いて対応します。しっかりポジションのチェック、指示する声がベンチにいる私のところまで届きました。
PKは、Kouyouの左側に強く蹴られましたが守備範囲内でした。最大の危機をみんなの力で防いでくれた、私はそんな思いでした。
その後、しばらく膠着したゲームになりましたが、終了近くにはビック・チャンスを作り、追加点の期待も大きく膨らみました。しかし、その前に試合終了の笛がなってしまいました。
6年生は、全日本大会と10月にもDAKKで対戦した経験から「台原には決して負けない」という自信があったと思います。また、RinrinもTakachanもPikaもインフルエンザで欠いたことで、一人ひとりが「自分が頑張らなければ」…と心の奥で思っていたのかも知れません。
決勝戦 2 vs 0 国見
正直なところ、北六に2-1で勝った国見を相手に2-0で勝てるとは思いませんでした。準決勝で国見は北六と素晴らしいゲームをしましたから。一方の小松島は、春先の全日本大会では0-8と北六にこてんぱんにやられています。その相手ですから…。
しかし、いざ始まると、小松島は素晴らしい攻撃を仕掛けました。開始10秒か20秒、KazukiからGinjiへのスルーパス、そしてTatsukiとKazuki、Ginjiのダイレクトパスが通りました。また、Genchanが自陣からドリブルで駆け上がりシュートを放ち、負けじとRyuseiもドリブルで突破をはかりました。開始から5分程の怒涛の攻撃で、国見は浮き足立ったと思います。
開始7~8分頃と思いますが、Ginjiが足を引っ掛けられてPKを獲得し、それをRyuseiが落ち着いて決めました。Ginjiが言うには、RyuseiはPKを外したことが無いとのことで、最初からGinjiが指名してRyuseiが蹴ることにしていました。
2点目はGinjiのシュートです。やはり、キーパーを抜いて決めました。しかし、褒められません。vs台原も2回、キーパーを抜こうとして失敗しましたが、vs国見でも同じ過ちを繰り返しました(こちらも多分、2回やらかしたと思います)。もうひとつは、無人のゴールになったので、ドリブルでもう少しゴール近くまで行って良かったのに、完全にキーパーを抜きながら慌ててシュートし左に外しました。
このように、Ginjiにはシュートを打つタイミングのズレ、もどかしさを感じました。でも、突破力は凄いですねぇ。
後半は無得点に終わりましたが、終了間際のシーンが、この試合の経過と結果を象徴していると思います。
小松島の右コーナーキックをKazukiが正確に蹴りました。誰が最初に触ったのか分かりませんが、ボールは後半15分から出場したYuseiの頭上へ。少し角度が違えばゴール天井に突き刺さったでしょう。vs国見で先発出場したShintarouも後半10分から出場したKazuhaにもゴールチャンスがありました。決して楽な試合でありませんでしたが、選手みんなが頑張り抜いた勝利。本当におめでとう。
もう一つ讃えます。今日の2試合を無失点に抑えたことです。
vs台原は危ない場面もありましたが、国見戦は、私は一度も危険を感じたことはありませんでした。Yushi、Genchan、Ryuseiのディフェンスは、ほぼ完璧だったと思います。
今朝、思ったこと…キャプテンのRinrinがいない、Towaもインフルエンザで欠場。この状態で本当に試合が出来るの?
ありがたいことに、この心配は杞憂に終わりました。怪我をおして、Yushiがフル出場してくれたことでディフェンスが安定し、そして夏場から、Genchanの成長が著しいものがありますが、今日の国見戦では、素晴らしいプレーをしてくれたことも大きかったと思います。
そのGenchanに優秀選手賞・記念メダルが贈られました。
2014年11月4日(火)
ココでは、私が酒に酔った勢いで思ったこと、考えたこと(これを巷では突拍子もない思いつきと言う)を述べさせて貰っている。そこで瞑想ならぬ酩想と命名したのだが、時には迷走になるかも知れない…。
ついこの間まで「暑い暑い」と、わめいていたと思うのだが、ベンチコートが恋しい季節を迎えている。前回の酩想は盛夏であるので、霜月に移ったことからしても、本当に久しい拙文になる。この間、色んなことがあったなア。
最新のニュースは、仙台市小学校サッカー交歓大会決勝トーナメントに進出したことである。こちらは、実に9年ぶりのことなので少し書いておこう。
告白すれば、私の記憶が曖昧になっているので時系列で纏めて置いた方が良いと思った次第である。そのことで多くの方にご迷惑をお掛けしたのだが、ありがたいことに快くご協力を頂いた。
2005年(第26回大会)ベスト8
藤田コーチが鮮明に覚えており「勝てばユアスタというところで住吉台に0-1で負けたと記憶しています」と、教えて頂いた。今野さんには家族ぐるみで調べて貰った。「勝ち上がると仙台スタジアムで試合ができたので、選手も父兄も悔しい思いをした記憶がある」という、返信メールが届いた。
2003年(第24回大会)初戦敗退
今野琢人くんからのメールには「私と畠山拡が1回戦で敗退したのは2003年、中津川秀王くんの代(2001年)も1回戦敗退したような気が…(曖昧)」と記されていた。
2001年(第22回大会)
琢人んによれば初戦敗退のようだ。
1998年(第19回大会)
ベスト8まで行ったように思う。
スポ少に正式加盟したのは7~8年前のことで、青葉ブロックの一員になり名称を小松島サッカースポーツ少年団に変えて今年で15年目になる…と思う(これは私の記憶なので非常に曖昧)。小松島サッカースポーツ少年団として、決勝トーナメント出場は4回目だ。今年はベスト8の壁を破り、歴史に刻んで欲しい。ちなみに前身の「小松島サッカー同好会」時代、1998年が最後の出場でこの時もベスト8だったと思う(これも前記のとおり私のかなり曖昧な記憶)。それ以前になると、私では全く分からない。
10月25日(土)、好天に恵まれ恒例になった「いも煮会」が、育児院さんのご協力を頂き開催された。そして、誰が調べてくれたのか、企画してくれたのか知らないが、ひと月も前になる私の誕生祝いを一緒にして頂いた。企画された方の本当の狙いが「還暦祝い」だということを知り、プレゼントまで用意して頂いたことには本当にビックリした。
非常に照れくさかったので、感謝の言葉も少なかったと思う。心から感謝していることを改めてこの場で申し上げたい。皆さんありがとう。
2014年8月13日(水)
今年の小松島FCにお盆休みがありません…。
『お盆休み無し』…これはたぶん、小松島FC創設以来、初めてのことと思います。
今日、中川コーチにご指導を戴きました。体育館で行われた16:30~18:30の練習に6年生3人、5年生と4年生も各3人、計9人が大粒の汗を流していました。
『本当にサッカーが好きで、上手くなりたい…』そう思っているのでしょう、皆んなが一生懸命にボールを追いかけてました。その彼等に私に出来ることは…お祈りしかありませんでした。この世に『サッカーの神様』が存在するなら、もっともっと試合で活躍できるよう・輝けるような力を彼らに与えて下さい…と。
ところで、8月23日(土)と24日(日)、U-11県トレセン・同青葉トレセンのtraining並びにmatchが以下の予定で開催されます。
県トレセンは23日18:00から泉G人工芝で練習会が行われ、翌 24日は東北トレセン(福島・山形・宮城3県)matchが福島市で開催されます。M.ginji参加しますが、どれほど活躍すれば東北トレセン選手に選ばれるのでしょうか?
青葉トレセンは『今月初め宇都宮遠征』がありました。また10日は、台風11号の影響で雨と風の強い一日でしたが『練習会』が行われました。
この遠征と練習会で『選抜大会出場16人』の選考があり、なんとこの16人の中にS.tatsuchanが入りました。そうです、tatsuchanが選ばれたのです。
トレセン選抜大会は23日・24日、松島FBCで行われます。この大会で活躍した選手、将来性が高い選手が『県トレに昇格』するようです。何名なのか?枠が有るのか?判りませんが、ひょっとしたら小松島から2名の県トレ選手が誕生するかも知れませんよ。いやいや、3人・4人・5人と続くかも知れません。
この夏、暑い日が続いていますが、最後にもっと熱い一日が待っているようです。私は、いくら暑(熱)くてもこれならば耐えられます。勿論、冷たいビールと冷酒は必需です。
2014年7月16日(水)
W杯ブラジル大会はドイツの優勝で幕を閉じた。実は私は、ドイツが優勝するのでは…予感めいたものがあった。一次リーグが終わった6月27日、準決勝に残るチームはブラジル、ドイツ、オランダ、アルゼンチンだろうと予想した。そう、見事に当たったのである。そして決勝はドイツvsオランダのヨーロッパ対決、3位決定戦はブラジルvsアルゼンチンの南米対決になるだろうと。しかし残念ながら、オランダvsアルゼンチンの準決勝は予想が外れた。オランダの方が決定機を多く作ったと思うが、それまで活躍してきたロッベンが抑えられPK戦の末に惜敗したのであった。
解説者や評論家と同じ立場で論評するつもりは毛頭ない。密かにドイツの優勝を願っていたので嬉しいだけ。しかも、ほぼ予想が的中したのを自慢げに知らせたいだけ…なんだけど、ちょっと能書きをならべたい。
やはりドイツは、バイエルンミュンヘンの選手が多く代表入りしている(レギュラー7人?)ので、連携・組織的プレーは際立っていた。しかも「常に縦に早く攻める」姿勢で、相手守備陣を崩す時のダイレクト・パスは速いだけでなく正確。ポジションを変えながら連動するミュラー、ゲッツェ、エジル3人はCFなのかMFなのか。ラームの右サイドからの突破は破壊力が凄い。ノイアーはスイーパーを兼ねたGKですか?
南米開催で欧州勢は勝てないというジンクスを跳ね返し、1次リーグ2勝1分、決勝トーナメントは4戦4勝…日本時間の7月14日(月)、ドイツは優勝国になった…素晴らしい!!!
その前日、7月13日(日)はグランディ21futsal summer2014が行われ、小松島チームは精鋭7人で参加した。当然、めざしたのは優勝で達成できる力は充分にあったと思う。しかし結果は、予選リーグ1勝2分け1敗で5位に沈んだ。相手の2倍ものシュートを放ち「勝てるゲームだった」らしいが、2試合とも引分けたのが響いたようだ。
結果を残すためには、シュートをしっかり決めなければならない。『ゲームを支配し、チャンスは数多く作りました。しかし、得点できませんでした』ではダメ。これから更に成長するには、一人ひとりが勝負にもっと拘りを持つ必要があると思う。
睡眠不足に耐えながらW杯をテレビ観戦してきた。改めて勝負に拘るプロの選手を見て感じた次第である。
2014年6月23日(月)
上は120台、下は60台。
50歳前半までの私は、健康診断で血圧は上記の数値だった。肝機能も脂質も基準値内で、何ひとつ異常無かった。しかし、年齢も50代後半になると、体の何処かガタつくものである。「異常なし」が異常…そうなのかも知れない。
20日(金)、私は仙台オープン病院で胃の内視鏡検査がメインの定期健康診査を受けた。9:00前に受付を済ませ、採血、胸部レントゲン、腹部超音波検診と続き、内視鏡検査、最後に及川医師の問診で終わった。その終わりが何と13:00を過ぎ、精算を済ませたのは13:30近かったと思う。
丈夫だった筈が、今は年2回、定検を受けなければならない体になってしまった。なんとも情けない。しかもこの6月20日は…そう、7:00からW杯日本対ギリシャ戦が行われていた。絶対に負けられない大事な一戦を、私はliveで最後まで観られなかったのである。昨年12月に「次回は6月20日8:30に受付」という、予約をしていたのだ。因みに、この日、次は12月12日(金)に定期健診を受ける予約をした。
5月18日(日)、小松島FCが全日本宮城県大会への出場をかけた大事な一戦といい、このW杯日本代表の戦いを観られなかったのは、私にどんな問題(=落ち度)があったのだろうか?
『毎晩、飲み過ぎで体を壊さない方が不思議。天罰じゃない?』…これを読んだ我が配偶者は、きっとそう叫ぶだろう。
2014年6月5日(木)
仙台の最高気温が、32.2℃まで上がった中で行われた6月1日のコマ小運動会。
すご~く「暑かった」が、サッカー部員の戦いはもっと「熱かった」。
特にGinjiとTatsukiの競争は、走る前から私たちサッカー指導者の心をハラハラ・ドキドキさせた。プログラム1番・9:00スタートの演目はもったいなかったなア。実際、手に汗を握る戦いで私たちを大いに楽しませてくれたんだから。
スタート・ダッシュで、Tatsukiが勢い良く飛び出したのを見たGinjiは大いに慌てた。直線から第1コーナーに入るのに、insideにいたGinjiは走る方向を何故かoutsideに変えた。大きなtimelossになったので、そのままTatsukiがgoalか、と思っていたらGinjiは第2コーナーを廻るあたりから猛烈な勢いで追い上げた。
Tatsukiが逃げ切ったのか、Ginjiが刺したのか、勝ったのはどっち?…私はその結果について本当に知らないのだが、何故かこのまま知らないでいた方が良いように思う。
ところで、私の先入観から『二人の戦い』に目を奪われていたが、実はKortaも絡んだ三人の戦いであった。ファインダー越しの私の目では分からなかったのだが、パソコンを開いてビックリした次第だ(Kortaゴメン)。5年生最速runnerを決める徒競走で、One・Two・Threeはサッカーの子どもたちだった。
4年生のクラス対抗戦は笑った…失敬、楽しかった。前日まで一週間、学校を休んだTaichi。Taichiの倍もある?Shunsuke、転校して間もないが一挙に力を発揮してきたKouei、この三人の競争はGinjiたちの戦いに引けを取らないものだった。
みんなの疾走と頑張りを写真に撮りたかったのだが、同じ服装(運動着)で、しかも帽子を被っていては誰が誰だか分からない。みんな一等賞なら、すぐ写真撮れたんだがなア。
2014年5月31日(土)
あとで知りましたが今日は真夏日になったらしいですね。早朝から設営して頂き、そして6年生と4年生のゲームで交流させて頂いた八幡サッカースポーツ少年団の皆さん、監督・コーチご父兄のみなさん、本当にありがとうございました。
気温30度という暑い中、小松島の子ども八幡SSSの選手みんなが一生懸命にゴールを目指してボールを追いかけ、頑張っていました。勝ち・負けに拘ることは絶対に必要ですが、それ以上にサッカーを楽しみながら「友情を育む」「自分の技量を試し高める」ことを意識してプレー出来たなら、何と素晴らしいことでしょう。私は今日のようなfriendly matchがこれからも続くことを望んでいます。
八幡SSSの皆さん、宜しくお願い致します。
次に小松島の子どもたちへ…強いメッセージ
①今日のfriendly matchだけでなく、監督やコーチから指導を受けなくても、いつでも・どこでも皆さんに挨拶ができるようになって下さい。
②サッカーシューズは当然のこと、物を大切にして欲しいと思います。みなさんは、紺や赤/黒のユニフォームを先輩から引き継いできました。そして黄色/青のユニフォームは、みなさんが後輩にこれから引き継ぐのです。それなりにユニフォームは大切にするけど、スパイクなど『個人の物はどうでもいいでしょ』…この考えは絶対に改めて欲しいです。サッカー選手だけでありません。プロの選手は「商売道具」であるスパイクや野球選手ならバットを含め、そして浅田真央さんはスケートシューズを本当に大切にしているのです。
③「熱中症」にならないよう、水分補給をしっかり行いましょう。
明日の運動会も高い気温になるようです。熱中症で倒れたら、楽しい運動会が全くおもしろくない、悔しい運動会になってしまいます。
暑い日の練習やゲームでは監督やコーチ、指導者は十分気を配りますが個人差があるので見逃す場合もあります。体調に異変を感じたら、すぐに申し出るよう心掛けましょう。そして夏場は帽子が必要…子どももご父兄も、認識して下さい。
2014年5月21日(水)
私が腹ペコなので、みなさんも空腹だろう…そうでは無いと思う。でも、やっぱり心が晴れないのは私だけじゃないよネ。ひとつの負けを、いつまでも悔やんでちゃ駄目なことも、みんな分かりきっていることだけど、でも大一番だっただけに堪えたネエ。みなさん、どうですか?違いますか?
6月に入ると直ぐ河北杯(6年生大会)が始まります。平行してミヤギテレビ杯4年生大会青葉予選も行われます。6月14日(土)と21日(土)はリスペクトU-11star league、22日(日)は松田直樹メモリアル・サッカー教室が既に決まっており、6月の他の土曜日と日曜日、全て試合になる可能性があります。
全日本大会の青葉予選最終節は悔しかっただけに、6月の土・日は子供たちと一緒に弾けるほどの笑顔を見せたい!そして、お父さんお母さんたちと祝杯をあげたい!
小松島の子供たちよ、夢に終わらせないでおくれ!
2014年5月15日(木)
昼休みは散歩どころか…とにかく、どうしようもなく眠かった。執務中も、上の瞼と下の瞼は私の意思に反し、猛烈に逢引きしようとした。結局、習慣とは怖いもので今日も昼の30分間ソファにふんぞり返っていた。
昨夜から、なでしこのW杯予選が始まったのが悪い。オーストラリア戦を、私は前半だけで2-0と予想し23時には寝床に入る積もりだった。しかし結果はご存知のとおり、辛うじて2-2に追いつくのが精一杯で、内容的にもひどい試合を最後まで見たのが駄目だった。
興奮して寝られない。しかも4:30には起床して愛犬マロと散歩しなければならない。そう思うとなかなか寝つけない。意識が無くなったのは午前1時を完全に過ぎていた。目覚めたのは、これも習慣で4:30だった。そして、しっかり今朝も6:00まで散歩した。
一日置きになでしこの試合がある。1ヶ月後にはブラジルでW杯がある。長期にわたる睡眠不足が続くのは間違いない。そう言うことで当分の間は、昼休みは睡眠不足解消の時間に当てることにする。Ⅰ先輩の癪に障る一言、老けた?…開き直ってそんな事はどうでも良い、そう思うことにしよう。
さて、17日(土)と18日(日)は全日本大会青葉予選二次リーグと県大会出場を賭けた順位決定戦がある。これまでの経験から、小松島の子供たちに緊張するなと言っても無理だと思うので、開き直りの気持ちで臨むのが丁度良いと伝えよう。どれ、ホント眠い。今から酒飲んで21:00前には絶対に寝るゾ!
2014年5月14日(水)
自分では若いと思っているのだが、先日、先輩のIさんから「老けたな~」と言われた。Iさんは私より3歳上の方である。退職後、関連会社に再就職し私と同じ卸町の庁舎内で仕事をされている。昼休みは広い倉庫の中で、ひとり棒を振り回して汗を流しているようだ。一般にはゴルフのスイングと言うらしいが…。そんな事はどうでも良い、私は彼から老けたと言われたのが癪なだけ。
しかし、昨年4月の異動から30分は昼寝を常としている身なので、口から出かけたものの反論の言葉を飲み込んでしまった。
この私が子供たちには、練習ではいつも「走れ!走れ!」と怒鳴っている。やっぱり私も明日からは昼寝を止めて散歩でもスッカ…。老けたと言われたから…、決してそうで無いからネ。